このページの管理人について。
こちら「夜間学生の経験から…。」もご覧くださいませ。
職業 学校給食の栄養士 血液型 典型的O型
性別 好きな言葉 人間万事塞翁が馬
Warm Heart, Cool Head
趣味 バイクツーリング、旅行
、ランニング
持っている資格など 管理栄養士
教員免許(中学、高校の家庭科1種、栄養教諭1種)
初級システムアドミニストレータ
大型自動二輪車運転免許
普通自動車運転免許
表千家茶道免状
日商簿記3級
第4級アマチュア無線技士
干支 戌年です。最近可愛い犬のアクセサリーが欲しくなっているんだけど、なかなか見当たらなくて…。
身長 156cm(でも股下は75cm!なので大型バイクにも乗れるんです(^_^;)うふふ)
略歴 1970年 千葉県浦安町(現浦安市)に生まれる

1977年 地元の小学校へ入学

1983年 小学校卒業 教育熱心であった親の影響で?なんとなく中学受験をし、都内のJ女子校へ進学。

1986年 中高一貫教育校であったため、とりあえず当時は素行の悪くはなかった私はそのままJ女子校の高校へ進学。
しかし高校時代はあまり勉強に熱が入らなくなり、学校が渋谷駅から歩いて12分程度の好立地にあったため悪友?たちと学校帰りに着替えをロッカーに押し込み、街で遊んだり、休みの日に当時大はやりであった六本木のディスコにも行ったりするようになった。むろん親には内緒。といっても、高校時代にディスコに行ったのはたぶん片手で数えられる程度の回数であったと記憶している。このため、実は今もユーロビート系の音楽が大好きである。(ランニング中に聴くのはもっぱらこれ!)なぜか茶道部にも入っていた(現在まで継続)。古きよき楽しい時代であった。
ちなみに、中学時代までは暗い性格でとおっていたはずなのだが、このあたりからすこし様子が変わってきたように自負している。

1989年 成績が振るわなかった私は付属の大学への推薦を受けられず。(7割の生徒が推薦をもらえる状況であったのに…。私の数々の親不孝の最たるものである^^;)
一般受験をしたものの、とーぜんことごとく落ちまくる。なんとか、都内世田谷の住宅地にあるT女子短大へかろうじて進学。いちおう高校時代から栄養士の資格はとろうとなんとなく考えていたので、希望した学科に入れてほっと一安心。
短大時代は姉妹校の大学の体育会バスケットボール部のマネージャーをしていた。初めての大失恋!も経験^^;あまりのショックに、当時長く伸ばしていた髪の毛を20センチも切り落とす(アホ)。希望していた短大には入れなかったものの、小規模校ならではのアットホームな雰囲気で、楽しい短大時代であった。「自由が丘」が近かったため、週に2回はここで遊んでいた。

1991年 短大卒業。折りしもバブル真っ盛りの頃。時代の波に乗せていただき、運良く第1志望の会社に合格し、千代田区に本社のあるT水産会社のOLになる。
OL時代は仕事内容には興味があまりもてなかったが、人間関係のとても良い会社で、みな親切であたたかい雰囲気で、若い男女があふれる会社で大変楽しいOL時代をすごさせていただいた。ここで学んだ会社組織のあり方や食品物流の流れ、ビジネスマナーなど(私などはまだまだですが)は現在の仕事にも大変役立っている。(感謝)

1993年 またまた運よく公務員試験に合格し、学校給食の栄養士に転職。同年、親に内緒で教習所に通い、自動二輪(オートバイ)の免許を取得。

1995年 管理栄養士試験に合格。

1996年 遊び暮らした高校時代をようやく反省したのか、女子栄養大学栄養学部二部栄養学科に編入。仕事と夜間学生の2足のわらじ生活が始まる。実はこの2年前から科目履修生として同大学にちょこちょこ通い、なんとなく両立できそうかなというめどがついた時点で正式に編入学を決めた。プランを立てるのが苦手で、思いつきで行動がちな私にしてはまったくもって珍しく計画的な行動であった。

1997年 現在の夫と、オートバイがきっかけで知り合う。2足のわらじで忙しくても、しっかり「オトコ」をさがしていたわけです(笑)。

1998年 大学をどうにか無事2年で卒業。家庭科の教員免許を手にすることができた。在学中は大変忙しく、あまり残業をすることができないので仕事を家に持ち帰ったり、土日もレポート作成やテスト対策でへとへとな2年間であったが、年齢も経歴も異なる多くの人と知り合え、なによりも1日1日が中身が濃く、大変充実したものであったと記憶している。
卒業論文は「アレルギー性疾患・アトピー性疾患に関する研究(文献と事例による調査)」。→なんと締め切り当日朝5時に脱稿。このときは窓越しにまぶしい朝日が差し込んでくるのを見ながら充実感にひたり、マジで涙がこぼれた。

#ちなみに、大学を卒業後仕事は代わるの?といろいろな人に聞かれたのだが、現在の仕事がそこそこ自分にあっており、わりと面白いと感じているので、今のところそのつもりはない。(今後は??)

同年、実家を出て念願のひとり暮らしをはじめる。

1999年6月 結婚。現住所へ引っ越す。

2000年冬  夫の仕事が落ち着いたころをみはからい、結婚式を挙げる。

2005年4月 12年間お世話になった給食センターから、隣のI市へ異動。小学校勤務となる。
毎日、子どもたちの笑顔と元気からパワーをもらって、仕事をこなす日々であった。栄養士ひとりきりの職場は初めてのことで、孤独感にさいなまれることもあったが、周りの教職員の方々にも恵まれ、励ましていただいた。
子どもとの距離もぐっと近くなり、単独調理校ならではのやりがいをたくさん感じることができた。

2008年4月
某県の教育委員会へ異動となる。今までとはまったく異なる行政職の身分となり、また県庁ではただ一人の学校栄養士ということで責任の重大さを感じる日々でもある。しかし、これも自分にとってはよい勉強の機会を与えていただいたと感謝しつつ、県内の学校給食業務が円滑にすすめられるよう、日々がんばっております。(まだまだ、本当に力不足ですが…)

トップページへもどる